友人というもの

生きていくこと

息子よ

遂に君の誕生が近づいてきた。どうも、予定していた時期よりも3週間ほど早くなりそうで、君の頭が想定以上に大きくなっており、早めに出産する方が良いというのがお医者さんの判断で、君の誕生は5月15日になりそうだ。いまの父さんの気持ちは”自分が父親になる”という興奮もさることながら、君が無事に生まれてくるのかどうか、君の母さんが出産を無事に乗り切れるのかが、専らの関心事だ。

母さんも怖がりな方なので、あまり父さんが不安がるのは母さんの精神衛生上、宜しくないから控えめにしているが、実際には悪い想像ばかりしてしまい、本当に不安だ。とにかく、早く元気な君に会いたいというのが今の偽らざる心境だ。

さて、タイトルにあるとおり、今回は友人というものについてお話ししよう。本来なら、このテーマはもっと早くに採用すべきだったかもしれない。それほどに重要なテーマだ。家族や友人は人生を変える。そして、家族を選択するのは結婚の時くらいで、より多くの選択の機会があるのが友人だ。

君はこのブログを読むまでにも、そしてこれからも、数えきれないほどの友人に出会い、多くの刺激を受け、そしてそのうちの何人かとは縁遠くなるだろう。さらに言えば、その性格・育ち・性別・国籍・肌の色・宗教・・・と相手のアイデンティティも様々だと期待している(画一的なのは楽だが、君のためにならない)。

その時、君は友人をどう選び、どう付き合うんだろう?多くの場合、最初は”なんとなく気が合う”からだと思う。それはとても重要なことだ。たとえば、趣味が同じ、価値観が同じ、笑いのポイントが同じ、人生で大事にしているものが同じ、等々で気の合う友人がいることは人生において非常に重要なことだ。シンプルに、一緒に過ごしていて楽しいという気持ちは人生をとても豊かにする。これは人生において家族との時間と同じくらい大事なものだ。そして、自分には無い友人の素晴らしい言動に触発されることもあるだろし、自分の気持ちを吐露する相手がいることは自分にとって温かい癒しにもなる。時には、自分が苦境に陥った時に支えにもなってくれるかもしれないね。

ただ、注意しておかないといけないことは、この友人というものが、時に自分を奈落の底に落とす存在にもなりうるということだ。”人を知るには、その友人を見なさい by荀子”という言葉(父さんは英語の”Great minds think alike=賢人は同じように考える”も好きだ)があるとおり、健全な人は健全な人と交わり、不健全な人は不健全な人と交わる。君がどういう友人を選ぶかによって、君の人生は大きく変わっていくし、その時に君が素晴らしい友人と交誼を結ぶためには、その段階で君もそれに相応しい人格や見識を持っておく必要があると父さんは思う。

父さんの経験から、付き合いを続けていくべき相手というのを考えてみたい。これは、見栄や偏見、先入観を極力排除して書いているから、正直な感想だと思ってくれ。

1.互いにリスペクトできる相手であること。そうでないと一時的に付き合いが楽しくても、長続きしない。どちらかが相手を見下し、睥睨するような関係はいびつだし、それは従属関係であって平等な友人としての関係ではない。

2.互いの主体性を尊重できる相手であること。1点目にも通じるけど、そもそも、どちらかが常に主張を通し続けるような関係は不健全だし、相手を認めるということは、すなわり相手の主体性や意思を尊重するということ。だから、仮に友人から悪い誘いがあって、それを君が断っても、その意思を尊重してくれるかどうかで相手の君へのスタンスが分かる。ここで、怒り出したり無視したりするような相手は友人たりえないということだ。

3.建設的な経験をともにした相手であること。特に、部活や勉強、仕事など苦楽を共にした相手だとより相手と思い出深い時間を多く過ごしているから、絆も強くなる。そして、歳をとってくると、お互いに立場や完成された人格が備わってしまっていることが多いから、こうした経験や友人は若い時に得ておくことが望ましい。

最初の話に戻ろう。素晴らしい友人との関係は、人生を豊かにする。ただ、それを維持するには、礼儀も必要だし、相手の友人や家族を大事にすることや自ら連絡をとる手間も必要だ(これについては今の時代、便利なツールが多く存在する)。ちょっとしたプレゼントや、素敵な店を探して食事をする等、スパイスを添えることも必要になる。人生において大事なことは、大抵の場合、面倒を伴うものだが、友人との関係もその一つだ。田畑を耕し豊かな土地を作るように、友人関係にも耕す努力が必要だということだ。

最後に一つだけ助言しておこう。残念なことに、一部の友人については、お互いの環境が変わったり、性格や価値観の変化(成長スピードが違うこともある)であったりして、様々な理由で付き合いの程度が変わり疎遠になることもある。もちろん、それは残念なことだが、あまり深刻に受け止めないことだ。特に若い時にはよくあることだ。

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